--- 加藤かえ子 RCST

 私が紹介しているクラニオセイクラル・バイオダイナミクスのアプローチはその他の多くのボディセラピーと比べてみても、極めて穏やかな境地に至るワークです。このワークの向かうところはスティルネス(静寂)の地点であり、それはすべての私たちが持ち合わせてる本質的な生命の基盤です。このスティルネスは精神および肉体を含包しています。そして、クラニオバイオでいうところの "肉体のスティルネス” は、体の自己治癒、自己矯正の力が最大限に引き出される均衡バランンスの取れた状態を指します。

ワークにおいては体と心の均衡を取り戻すことが出来、また、精神の安定により深い理解に結びつくことが出来るでしょう。肉体的には中枢神経系のバランスが再編成され、体内環境の改善をみることが出来ます。このワークで行なうことは病状そのものに注目するのではなく、繊細で受容的な手を通してあるがままの体とその環境に耳を傾けることです。そこには肉体だけでなく、その個人のヒストリーと心理的な様相が展開されており、到底、私(自我)の狭い '考え' などで包み込むことは出来ません。ゆえに、私たちのワークの中で一方的な変化を求めることはありません。

私たちバイオダイナミクスの施術者は "介入しない、巻き込まれない” といった振る舞いを、クライアントにとって、また施術者にとっても安全なスペースを築きあげる唯一の方法とします。では、何をやるのかと言うと、あるがまま展開されている様子を全体として捉え、そして、その個人に備わっている生命固有の健康、治癒力と自己矯正力に注目します。それゆえ、とても受容的で優しいワークです。しかし、それが弱々しいアプローチというのではなく、繊細でありながらとても効能力が高いと好評を得ています。何故なら、あるがままに反抗せず、あるがままの生命の力を応援するからです。体と心は基本的にそれ自体のインテリジェンスに従って機能していることを深く理解します。

さらにつけ加えると「介入しない」は上記のとおり私(自我)の狭い '考え' をクライアントに当てはめないと言うことであり、「巻き込まれない」はセッション中に誘発される私たち施術者自身の問題をクライアントに投影しないと言うことです。私たちはいたって瞑想的にきわめて穏やかで静かであり、そのような中立の立場でいることを訓練をします。セッションで展開されるのはクライアントの健康の現れであり、私たちはそれに "気づいて" おり、参加することです。参加とは、川の流れに沿うように柔軟な観察、または目撃し続けていることです。この振る舞いがどれほど深くワークするか、体験者の話しを聞くと良いでしょう。

クライアントと施術者の両者がこのよううな領域で協調していると "生命固有の健康" がさらに力を増していく様子を知覚することが出来ます。この時に体験されるのはどこか自分の中心、深いところに滑り込むようであり "やっと我が家にたどり着いた" と言ったような感覚です。自分の本質的領域の中で心身ともに深く癒されます。

私、加藤はこの素晴らしいワークを日本に紹介し続けたいと思います。

--- 好きなことは、ひとりでぶらぶらと旅をすること

1987年にインドに渡って以来、人生は思いもよらない方向へ進んでいきました。天地がひっくり返るほどの人物に出会い、私の中に何かが生まれ、そして道が開いたのです。この道を歩いて行くことが私のすることだと理解しました。道は目に見えませんが、しっかりと私を支えています。たどり着く先は "ここ" にあり、その感覚は感謝で溢れています。

これまでに行った国は、タイ、インド、スリランカ、イギリス、デンマーク、オランダ、スイス、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、アメリカ、メキシコ、グゥアテマラ、ブラジル、トルコ、台湾、中国で、地球は小さいんだと自覚しています。特にインドには長く住んでおり、現在、北インドのヒマチャール州、ヒマラヤ山脈の麓であるマナリーに “私の宅" があります。

私にとって、チベット仏教が栄えるヒマヤラ周辺は宇宙に一番近い場所であり、人間の思考など木っ端みじんに砕いてしまいます。そこに "私" がいます。長く旅をしていると何処にも根づきませんが、それは、”私” に根づくプロセスでした。ひとりの空間、思考の力が及ぶのが至って薄い世界があります。

人間の苦悩は思考とともにあります。思考が止めば、おのずと悟りが開かれる - と言うのは簡単ですが、思考は生を授かって以来、複雑に強化され、しまいには "思考" が私に成り代わります。その罠に落ち込まないように、また、自分を見失わないように旅に、私は旅に出ます。

--- 時間が取れずに後回しにされていること

最近、といってもご無沙汰ですが、絵を習い始めた。まだまだ、まったくの素人だけど、絵の世界は深いです。北インドのヒマラヤの麓に家があり、いずれ、そこで余生を暮すつもりでいるのですが、その時には絵を再開できているはず(^^)。この地域はインド古来の土地神さまと仏教が共存しており、とっても面白いです。タンカと呼ばれる極楽浄土の世界を描くヒマヤラ密教が栄えています。余生は、タンカのような絵を描いて過ごす・・・と言う筋書き。それまでに、絵を描く技術を学ばなければならないと思っています。

マナリー(北インド)に帰るとほっとします。2013年7月には友人を連れてヒマヤラ越えラダックツアーをやってのけたこともあり、やりたいことがどんどん頭に描かれます。それらはゆっくりと進め、実現していくでしょう。日本でもやりたいことがたくさんあります。いつものように、頭で描いていることは、いずれ、そのようになっていきます。計画は頭の中で温存され、その機会が与えられるのを待っています。温存したアイディアは 「いかに実行可能か常に模索している」 と言うのが、私の頭の中です。それぞれの時が満ちる正しい時期がある、私はそれに従って行動しているのです。

--- 瞑想は間違いなく、とても効果の高いセラピーである

Who is in 瞑想 クリック もともと、クラニオセイクラル・セラピーに出合ったのは瞑想を行なうインドのアシュラムでのこと。クラニオを通して静寂の世界へ入れる体験をしました。何年も、何時間も座って無心になろうとすることが、クラニオワークで一瞬に起こったのです、まず、それに驚きました。次に、このワークは本当に効く!と知りました。学べば学ぶほど夢中になっていきます。まったく飽きないです。私にとってヒーリングとは、素の自分に戻ること。私の上に覆いかぶさったあらゆるすべてのものを取り除いた姿に戻ること。セラピーとは、つまり、瞑想のことだったのです。そして癒されるとは、悟りを開くことなのです。

心や身体を浄化することがセラピーであり、だから、私が行なうセラピーは瞑想が基盤となります。心が落ち着き、静寂に入っていくと自分の思考に脅かされていた窮屈な空間から解き放たれます。一番の問題はシステム化された私自身だったことに気がつきました。No Mindとは考えがおぼつかないと言うことではなく、No Mind とは、確固たる中心、その静寂のなかでこそ、正しい判断が起こるのことでした。私がクラニオセイクラルセラピーを探したのではなく、それが "私" を見つけたのです。私にとってこの方法は広い範囲でとても理にかなっています。

そして、もうひとつのテクニックはインクワイアアリー。私は who is in リトリートを長年続けて来ました、そして、最近では who is in に心理学的理解を促すことことができるように 『ダイアログ&インクワイアリング』というコースにもトライしています。クラニオバイオのテクニックでおぼつかないその他の注目にあたいする領域に働きかけるためです。"システム化された私自身” に理解を持ち、そして、優しく本来の姿に戻るプロセスです。

--- 特定非営利活動法人フラワーピープル

NPO法人クリック私の道には、感謝をいかに見える形にするかという課題があります。2011年4月にNPO法人フラワーピープルを設立し理事長として活動し始めたのが大きな一歩、しかし、これはひとりの事業ではなく、仲間と一緒に歩調を合わせていかないと進めません。それはそんなに簡単で単純なことではないと実感しています。まあ、とにかく、出来ることをやり続けようと思います。例え、小さな一歩でも自分の中の意識改革です。思っていることを形にすることはその "瞬間" にどう関わるかであり、それは次の瞬間につながっていくでしょう。感謝をいつも胸に抱いて・・・。


--- 最後に、クラニオセイクラルヒーリングアートについて

クラニオセイクラルセラピーに出合ったとき、私は、このワークを生まれる前から知っていた・・・と感じました。それほど簡単に私の中に飛び込んできました、もしくは、忘れていたことを思い出した、と言った方が合っているかもしれません。上記でも述べたようにクラニオワークが私を見つけ出したのです。インドで学んでいた時は、とにかく、多くのことが起こりびっくりし、イギリスで学んだ時はこのワークの広大さに圧倒されました。とにかく、学ぶ範囲がとても広く、どこから手をつけたら良いか、どこから手をつけたいか、まったくもって目がくらくらと回りそうだったのです。

でも、学ぶ楽しみを始めて知った子どものように、内心、嬉しくて嬉しくて仕方がありませんでした。習い始めてから現在に至っても、範囲は広く、そのひとつひとつに終わりがありません。それ自体が生き続けているのです。純粋に、生命体の活動についてであり、また、普遍的な哲学のようでもあります。一度迷い込んだら、そこは驚きの瞬間で満たされています。

人に教えるようになってから、もっともっと知識を得ることに徹底しました。とは言っても、私の頭なのだから、そんなに早く覚えることはできず、しかし、何度も何度も同じことを調べていくうちに理解が芽生え始めました。これは、努力するしかない。好きなことを学んでいるのだから、苦にならない努力です。興味と嬉しさが打ち勝っているのです。階段はゆっくりとのぼることができます。

今、振り返ってみると目がくらくらと回りそうだった頃からかなり前進していることに気がついています。そして、上を見上げると、”努力” と言う看板が目に見えます。『クラニオセイクラルヒーリングアート』は、生命そのものがアートであることを学ぶ研究所です。どう生きるかは、個人の個性にかかっていて、そして、ひとりひとりが "自分" を見いだしていく手助けになれば最高にうれしいです。


Director of "Craniosacral Healing Art"
Kaeko Kato RCST


Craniosacral Therapy
Association of UK のメンバーです。

1997年〜
インドにて...
Craniosacral Balancing:
Fundation course + Advance,
Assisting theTraining Course(1999~2006),
アメリカにて...
Upledger Institute:
Craniosacral Theray Course,
イギリスにて...
Karuna Institute:
Craniosacral Biodynamics 2 years Course,
Breath of Life Course,
Shock Trauma & Trauma Skills,
VIsceral Dynamics,
The Prenetal Person,
The field,
Healing Pre- and Perinatal Shock and Wounding,
Craniosacral Diploma,


2007年〜
インドにて...
Awareness Intensive Training,
デンマークにて...
The Essece Training(Diamond Approach),


2013年〜
Clean Language Facilitator 資格
(イギリスのClean Learning プログラム)


2015年〜
Diamond Logos Teachings